(所沢市某所 公園の一角にて)
久しぶりに訪れた公園で、色づき始めた葉っぱを発見。春先から赤いモミジもあるようですが、水不足の影響で赤くなってしまうこともあるみたいです。これはどっちなのでしょう。まだまだ暑い日が続きます。水分・塩分をこまめに摂って、体調管理に気を付けましょう。
夏の風物詩
先日、所沢市内のある公園へ散歩に出掛けました。しばらくして遠くから聞こえてきた音に、何だろう?と足を向けてみると、公園内の球場で高校野球の埼玉県大会が行われているところでした。蝉の大合唱をもかき消す吹奏楽の演奏、熱気を帯びた観客の歓声は、ここ3年くらい聞いていなかった気がして、なんだか懐かしく、ちょっと嬉しくなりました。そして、選手だけでなく、吹奏楽や応援団、チアリーダーの人たちも、この日のため、その先の甲子園(優勝)のため、一丸となって日々練習してきたんだろうなと思うと、本当に頭が下がる思いで、胸が熱くなりました。
私たちの仕事も一人きりでは成しえず、一緒に働く仲間が大切です。お互い役割・立場は違っても、相手を敬う気持ちは忘れずに行動したいものです。
ぶーか
最近よく耳にする、なんだか怪獣(正しくは快獣)の名前みたいな言葉。「変動性」「不確実性」「複雑性」「曖昧性」を指す英語の頭文字をとった造語『VUCA(ブーカ)』は、最近では主に「未来の予測が困難な状況」というような意味で用いられています。私個人的には、この言葉に、なんとなくネガティブな印象を受けてしまうのですが、皆様はいかがでしょうか。
インターネットでも、「現代は先が読めない時代になっちゃって大変ですね」という感じで始まる記事が多く、なんとなく不安を煽っているというか、人為的に作られた不安というか。読み進めると対策的な用語も出てくるのですが、なんだかモヤモヤします。
「曖昧」と言えば、かつて『ファジー(fuzzy)』という言葉が流行りました(1990年の流行語大賞)。「曖昧」という意味ではVUCAの曖昧性と重なりますが、「ファジー制御」された炊飯器やエアコンが発売されるなど、どちらかというと「なんかイイ感じ♪」といったプラスの印象を受けた記憶があります。
って「なんとなく」とか「なんだか」とか「どちらかというと」とか、私の文章も随分と曖昧だなー。
人間らしさ
どうやら、私は「ファジー」という言葉の雰囲気が好きみたいです。ガチガチのルールで縛るのでなく、各自が、他人を思いやりながら、モラル・道徳観の下に、ある程度自由に行動できる(あ、いえ、もちろん経理はルールに則って処理しております!)。そこに生まれる「人間らしさ」みたいなものも「ファジー」と呼ぶのかな、なんて勝手に思ってみたりして。
それにしても、不確実・複雑・曖昧で、ころころと変わるなんて、『VUCA』って、まるで人の心ですね。そんな人間が作る社会が予測困難なのは、むしろ当然のことなのかもしれません。そして、予測困難な時代だからこそ、時流に合わせて柔軟に変化することが、今までよりもいっそう重要となるのでしょう。私自身も、不安を抱くより、色々なことに挑戦できる時代だと前向きに捉えて、成長できたら良いなと思います。
楽観せず、(慎重に)前向きに。
球場から離れ、再び聞こえてきた蝉の声。ハンカチで汗を拭きながら、「あー、夏だなー」なんて無駄に遠回りして帰路についた、ある日の午後でした。