(都内某所の公園にて)
朝夕に加えて、日中でも肌寒さを感じる日がちらほら。それもそのはず、暦の上ではもう冬なんですね。日暮れも早まる時期。運転の際は、早めの点灯で、ご安全に!
所変われば 何変わる?
私事ですが、このたび、住み慣れた町・愛する所沢の地を離れる決意をし、先月、引っ越しをしました。隣の市ですし、車では何度も近くを通っていたのに、市役所の食堂から航空公園が見えないとか(当たり前)、マスコットが『トコろん』じゃないとか(今の市のマスコットもカワイイですけど)、些細なことで不意に所沢との違いを実感することがあります。
特にまだ慣れないのが「ごみ出し」ルールの違い。
ペットボトルの回収日が月に1回だったり、「小型家電」が「もやさないごみ」に含まれていたり、曜日が違ったり、ちょっとした違いにとまどっています。なぜ自治体ごとにルールが変わるんだろう、統一した方が分かりやすいのに、なんて考えてみたりもするのですが、人口や(焼却)施設の処理能力、作業員の数などの影響で、自治体によって処理方法が異なることも、統一が難しい原因の1つのようです。、、、なんて書きながら思うのは、2年前の自分ではそんな疑問さえ抱かなかったということ。このゴミ、燃える?燃えない?再利用するの?程度で、たぶん「燃やす」「燃やさない」という考え方もなく。当社に入って、やっと私の『意識』も変わり始めたのかな、と思ったりする今日この頃です。
え?『知識』の方ですか?
そちらは、もう少し時間が掛かりそうです。。。
自分が変われば 何変わる?
学生の頃に読んだ本に、「自分が変われば、周りも変わる」というような言葉がありました。「まず自分が変わり、自らがインフルエンサーとなって、周囲を変えてゆくのだー!」とかいう高尚な話かというと、そんなことではなく、「自分が見方(事象の捉え方)を変えれば見える景色(感じる印象)も変わってくるんだよ」というものでした。
「心の持ちよう」で世の中は楽しくもなり、苦しくもなる、という内容で、私にはメカラウロコでした。
それから数十年、今の私はというと、感情と勘定に揺れ動かされる毎日です。何も変われていないなぁ。
時代が変われば 何変わる?
先日、ある冊子で「煮詰まる」という言葉が「会議で意見が出なくなる」という意味で使われている記事を読んで、あれ?と感じました。誤用かな?と。
調べてみると、最近ではそういう意味が追加されている辞典もあるようで、ちょっとびっくりしました。
私が教わってきた言葉の成り立ちなどを考えると、少し腹落ちしない気もしましたが、時代に応じて物事が変化することや、その変化を柔軟に受け容れる姿勢というのは、言葉に限らず、必要なことなんだろう、とも感じました。
ただ、1つの言葉が真逆の意味を持ってしまうと、誤解によるトラブルも増えそうです。状況・文脈から判断したり、相手に確認したり、丁寧に伝えたりすることが、これまで以上に重要となるのでしょう。
時代が変わっても、相手を思いやる気持ちっていうのは変わっちゃいけないと感じた、ある秋晴れの日。
一日の寒暖差が厳しくなる季節です。
皆様くれぐれもお身体ご自愛ください。