(千葉県/銚子市2019/02)
冬型の高気圧の張り出しは、徐々に弱まり、海辺に打ち寄せ、砕ける散る波の白さの輝きが、確かな春の到来を感じさせます。
景気の実感
1月の景気判断で、過去のいざなみ景気(2002年2月~2008/年2月まで)の6年1ヵ月を超えたとか、越えなかったとかの議論が話題となっています。1月の景気状況を示す一致指数が5年7か月ぶりの低水準になったことが議論の始まりですが・・。この議論はさておき、前回のいざなみ景気と今回の景気に共通している点は?というと、景気回復局面が共に緩慢で長く、景気実感を伴わないものであると言うことです。
前者については、景気変動の希薄化を挙げることができます。以前、本稿でも指摘したように、短期(1-2年程度)の循環である在庫変動による循環は、IT技術の発達により、極度に緩和されてきたことを、要因として挙げました。つまり、IT技術が企業から一般消費者まで幅広く浸透したことにより、供給側の需要予測精度が高まったこと、それと共に供給体制のネットワークの精緻化により、必要な量の物を、必要な時期に、スピーディに、需要側に提供できる社会インフラが出来あがりつつあると言うことです。当然、在庫というものが社会全体として少なくなり、在庫の増減による景気循環は解消していきます。
それに、もう一つ。それより長い景気循環として、10年程度のサイクルをもつ設備投資を原因とする景気循環があります。これについては、「物」を作り出す設備投資そのものが、特に日本の場合など、人口減少社会では飽和状態にあること、また、このところの技術革新の投資の方向性がIT技術関連であり、「物」を作る生産設備のような膨大な投資を必要としないことから、必然的に、設備投資を原因とする景気循環も緩慢になっていることが考えられます。 以上のことから、これからの経済成長は、特に社会的成熟国家の経済成長については、景気循環の変動幅の少ない、緩慢なものになっていくことが考えられます。
次に実感なき成長ということですが、緩慢ゆえに感じられないのかもしれません。ところで、実際には、GDPで、測れない、所謂、指標に表れない経済的価値が、かなりあるのではなのかと言ったら言い過ぎでしょうか。確かに具体的な金銭的所得は、個人ベースをみても、それほど増加してはおりません。これが、実感なき成長と感じる謂れなのかもしれません。しかし、ITの技術が、国・企業・一般庶民の隅々まで浸透しており、その(金銭的支出のない)利便性的価値等について、企業活動や個人生活への恩恵の一つ一つを洗い出し、経済価値指標として、仮にGDPに組み込むことができたとしたら、成長のトレンド曲線は現状のトレンド曲線を上振れさせるかもしれません。空気のように(あまり対価を支払わずに)浸透してきたことから,敢えてそれらを具体的な経済的付加価値としてとらえようとはしませんでしたが、実態としての経済的付加価値を理解するうえでは、認識する必要があるかもしれません。
プロセスと結果
数十年もむかし、高校生時代に読んだ何かの本に、「・・プロセスが人の精神を形成するのであって、結果がつくるもではない・・」といった内容のことが書かれていて、その後の人生の折に触れ、この言葉が、ふと、浮かんでくるのです。類似的構造において、社会生活の中で多くの人たちが意識するのはプロセスではなく結果であり、注目するのも結果です。無意識に結果に対して評価・判断しています。更に、ネット社会で情報があふれている環境下では、限られた時間の中で、情報を処理するとなると、結果のみで処理していくといった習慣にならされて行きます。それに伴い結果をもたらした時間的プロセスに思いをはせることはなくなります。現象としての結果に価値がないとは言いませんが、プロセスの中で、有形・無物問わず、物事は生成されます。
結果の本質はプロセスそのものといってもいいでしょう。前述した「・・人の精神の形成・・」だけのことではありません。プロセス=時間の流れと言い換えれば、人も物事も、結果に至る時間の流れの中をどのように生きていたか、あるいはどのように動いてきたかを意識することが大切な気がします。こんな当たり前のことを書こうと思ったのも、このところの世の中の動きが、余りに結果のみで、「イエス」・「ノー」、あるいは、「良い」・「悪い」の判断を無意識に迫る傾向(風潮)が強くなってきているような気がするからです。