・・過ぎ行く秋を振り返る。私も3年目の冬を迎える・・
( By Mi- )
つい、このあいだまで、夏の異常な暑さに苦しんでいたと思いきや、日に日に影法師、長くなり、鶴瓶落としに日暮れ早まり、いつしか、虫の声も消え失せ、自然の営みに合わせて人の世も冬支度。・・と思いきや、なにやら世界はそれどころではないようだ・・・。
文明の相克
ちょっと、大風呂敷なタイトルで書き始めて、しまった!と思いましたが、筆の勢いで行ってしまおうと思い・・続けます。
最近、あまり使わなくなった言葉に「文明」という言葉があります。昔の教科書でお目にかかったぐらいの記憶しかない方もいらっしゃるでしょう。文明それ自体が地域的属性を有しているので、物や情報のグローバル化、特に情報が瞬時に共有化される世界では垣根がなくなってしまい、現代では、陳腐化した言葉になってしまったのかもしれません。
しかし、グローバル化の動きで、世界はフラット化に向かうと思っていたのは、大いなる幻想であったのかもしれないと、最近思うようになりました。現在 の世界は、グロ―バル化の恩恵を個々の文明が吸収し膨張し、境界がわからないほど、お互い同士が浸透しあっている状態として捉えたほうが正しいような気がしてきました。グローバル化の恩恵は、ヨーロッパの合理思想に端を発した科学技術の進歩による物(最近では情報も含まれるでしょう)の生産性、あるは豊かさのみであった。じつは、それ以外の基本的価値観みたいなものは、なにもグローバル化しては行かなかったということです。当然といえば当然なのですが・・・。
人間(民族)の営みの中で生まれ、はぐくまれてきた基本的価値観や思想は、その文化圏の中で生まれ育った民族が無条件に絶対信仰しているような一種の虚構です。が、これは、そんなに簡単に変わる、あるいは同化するものではないのでしょう。これは一種の文明の遺伝子みたいなもので、多くの影響をうけつつも脈々と継承されて行く。従って、世界が何かの要因で政治的安定性を欠き始めると、この遺伝子が、猛威をふるい、集団を動かしていく。遺伝子同士で親和性のあるものは、融合され、異質性のあるは、対立を深めていくといった感じでしょうか? 時の権力者もそれを利用しつつ権力の座に上り詰める。危険なのは、集団の意思の流れが権力者の思惑と異なる方に動き出し、統制不能に陥ることです。結果として権力者も保身からその流れに乗ってしまう。非常に危険な状況が出現することになります。
米国・中国・ロシア・ヨーロッパ・中東地域等
それぞれの間で生じている問題は、「文明」の捉え方に多少問題はあるかと思いますが、近代における新たな文明の相克ではないのかと、思ったりもするのです。そうなると、小手先の外交などでは解決できず、長い歴史的時間を要するかもしれません。その間に破壊や殺戮がないことを祈りたいです。
情報と覇権
前段の話を継承するような話題ですが、もし勝利する文明があるとすると、やはりいち早く、情報を支配・コントロールする技術をもち、使いこなした文明が、世界のスタンダードを築くことになると思うのです。歴史を振り返ると、文明は資源に依存した、というより、資源を利用する技術をいち早く獲得し、使いこなした文明が栄華を極めたように思います。決して資源の所有や埋蔵量ではありませんでした。鉄-然り、石油-然り、です。使いこなす技術を独占する帝国が植民地から資源を吸い上げ、使いこなし覇権を握ったことは、歴史の示す通りです。そして現在の新たな資源は何かと言うと・・・情報でしょう。そして覇者となるのは、それを収集し、使いこなす新たな技術やシステムを構築した文明といえるでしょう。
今、米国と中国の間で生じている本質的な争いは
米国系アングロサクソンと覇権に目覚めた漢民族との、情報資源およびその技術をめぐる覇権争と、捉えることができます。国際経済的には、両者の物の貿易戦争がクローズアップされていますが、覇権というフィルターで、この2国間の争いを見ると、アメリカがことさら「知財」を最重要視していることが理解できます。「知財」とは、正に情報をめぐる技術の使い方のことです。そして、アメリカにおける覇権とは、アメリカにとっての安全保障そのものです。米国は決して中国に対して、安易な妥協はしないでしょう。長い長い闘いが予想されます。