今から11年前の8月、BNPパリバが破綻しました。フランスに本拠地を構える世界的な金融機関でした。しかし、この時の世界的な受け止めは、金融機関の一つが破綻した程度であり、NYダウは、大きく崩れる事もありませんでした。その翌年、2008年3月のベアー・スターンズ破綻もJPモルガンチェースが買収した事で、むしろ終息に向かっている様な印象を与えました。日米の株価も上昇に転じているのもこの時です。
しかし、9月にはリーマンショックが起き、世界的な金融収縮へと転がり落ちていきます。この当時、需要が蒸発したという言葉も交わされていた事が思い出されます。我々の納入先でも、1週間で数回の大幅な下げが発表され、同時に納入枠(実質的荷止め)となり、下げ相場の中、身動きが出来なかった事を思い出します。大きな危機は、静かにやってくるのかもしれません。
最近、気になっているのが、トルコの情勢です。昨年のクーデター未遂に関わっているとして、アメリカ人牧師が拘束されています。この牧師の開放をトランプ大統領は強く求め、トルコに関税などを通じて圧力をかけています。これに伴い、トルコリラは、20%も下落しています。インフレ率も高い状況です。一方で、エルドアン大統領とトランプ大統領の和解は難しい状況です。拘束された牧師は、福音派であり、トランプ大統領の大きな支持母体となっています。中間選挙を控えたトランプ大統領に妥協の余地は、極めて少ないと思われます。つまり、トルコの情勢は、改善しそうにありません。現在、トルコでは、債券の発行額が上昇を続けており、一方でトルコリラは、下落を続けており、債権の投資家に損失も発生し始めている様です。 また、新興国の発行する債券の大量償還が今年からピークを迎えます。
毎年約100兆円の償還資金が必用であり、借り換えには、アメリカの金利上昇もあり、コストアップが見込まれます。万が一、どこかでデフォルトが発生すると、信用収縮が連鎖的に起こる可能性もあります。トルコの公定歩合は、4月に8%だったのですが、7月には17.75%と大幅に上昇しています。これは、資金を引き留めておく為ですが、小さなデフォルトがどこかで起こると、資金は一気に引き上げられてしまう可能性があります。当面は、世界各地で起こっている小さな出来事にも気を配っておく必要がある様に感じています。
世界に目を向けると、アメリカ程露骨ではなくても自国優先の風潮が感じられます。高度成長期には、感じられなかった格差が、資本(資産)の保有の有無によって、格差となって表れている様にも思えます。これは、株式会社という制度に於ける宿命かもしれません。有限責任の投資家(株主)が、有限責任の中で、創業者利得の獲得を目指し、数多く投資(リスクテイク)が出来る故に起こる事です。もちろん数多くの事業が日の目を見ずに消えていくのですが、あくまでも有限責任であり、投資額(株の取得費用)以上のリスクは負いません。一方で上場すれば、市場で売却する事で大きな創業者利得が得られます。つまり、トータルでは、リスクよりも大きなリターンがある事を意味しています。
裕福である事の絶対的なレベル感よりも、格差の固定化が進んでいる事が、人々の中で、意識しているかはともかく、ストレスとして存在し、他者(他国)に対する配慮よりも、自身を優先する意識となり、極右政党の台頭につながっているのではないでしょうか?
日本に於いては、先のリーマンショックの際に、正社員として社会に出られなかった世代が、派遣など不安定な収入の仕事しか得られないといった問題があり、資本の有無との関係は見えにくくなっています。しかし、家計の収入が不安定な世帯は、教育投資(子供の学費)など、リターンの高い投資が行えず、収益(給与)の高い職業に就きにくいなど、格差が固定する傾向が見受けられています。
資本主義は、分業と私有財産制を骨格とし、株式会社という有限責任によるリスク分散制度により、発展してきました。先進国に於いては、分業も細分化が進み、生産性も向上し、情報の地域格差なども極めて少ない社会となりました。もう少し、大きな括りで見れば、社会科学である経済学は、人々を幸せにする為に発展してきました。人類の英知により、欧州の足音が「懸念」で終わる事を願ってやみません。