昨年の3 月に、このリサイクル通信を執筆しているときに、この大震災がおこりました。そのときの、刻々と変わる様子やその時の気持ちをこのリサイクル通信の冒頭に書かせていただきました。その時の文章を読み返し、その時の惨状と胸の締め付けられる思いが蘇ってきます。先日、NHKの番組で、原発の被害も受けた福島県で、震災直後の現場で救援活動をしていた人たちの証言をもとに、情報の欠如や指示系統の喪失による混乱、代替手段の未整備が、いったい何をもたらしたのかを検証していました。
避けられない災害の被害をできる限り少なくするには、被災直後の現場の状況を丹念に検証したうえで、ハード・ソフト両面での防災体制の再構築がなされなければなりません。被災した方々、亡くなった多くの方々のためにも、この教訓は活かされなければなりません。況や、今後の災害では決して人災で被害を拡大するようなことがあってはなりません。また被災者ではない私たちひとりひとりの責務として、ともすれば忘れがちなこの記憶を、当事者意識をもって風化させてしまわないことが何より大切です。ある新聞に、福島県の被災者の人のこんな言葉が載っていました。「なにもしなくていいから、忘れないで・・」と。
今年に入り本格的な復興作業がはじまりました。被災地の人たちの生活基盤はまだまだ回復しているわけではありません。特に日常が戻ってくるには「職」と「住」の問題が横たわっています。特区を利用して民間資本を巻き込んだ色々な構想や計画が打ち出されています。実際にITを始め高度技術を活用したプロジェクトも動き始め、新たな雇用創出の芽もでてきました。ただ、最先端の技術を導入した産業だけでは、高齢化の進んだ地域の雇用を増やすことは不可能でしょう。
高齢者のリテラシーを考えた場合、既存地場産業をグローバルな市場ニーズにあうように新たにデザインし直すぐらいのことが求められます。また、現在日本が抱えている社会的・経済的な構造問題の解を、東日本復興再生の中に求めるといった大風呂敷な発想があってもよいでしょう。日本中の英知(あるいは世界中の英知)を投入して、復興プロセス織り込んでいく。政府は制度や規制面で、復興再生に障害になるものは極力取り除いていく。
これにより人や組織の活動が活発化し、地域に活力が生まれ、未来が展望できるようになる。またそのプロジェクトの成功事例については、国の施策に反映させ日本全国に広めていく。また同時に、この復興再生のプロセスを支援してくれた世界中の国々や人達へ、報告と感謝のメッセージを込めて発信する。たぶん、だれでも考えることは同じでしょう。いままで日本が抱えてきた課題は、解決の方向性はそれなにわかっていてシナリオもあるいは用意されていた。しかし、それを決断し、実行してやる抜く力、あるいは国民的エネルギーがなかった。
むしろ日常感覚からは緊迫は感じられないので、そんなに無理をしても、との雰囲気が蔓延し、国家もそれに引きずられた。それがバブル崩壊以降の日本の姿であったと言えます。しかし、今回の未曾有の危機は、ゼロベースでものを考え、実行していく良いチャンスであることに間違いありません。そして共有された危機意識がそれを推進させる力を有しています。またそれを担う人達も生れてきています。それは新たな価値観をもった若い世代です。
以前、ある女性経営者が日経新聞の「C世代駆ける」の特集欄で、上の世代がお金や物に最上位の価値をおいたのに対し、若い人は共感や社会を良くしたいとの価値を最上位におくと語っていました。今まで上の世代では、その価値故のしがらみに囚われて、身動きできず解決できなかったことを、彼等は、軽々と飛び越えて、解を見出すかもしれません。今回の震災でネットワークを駆使しボランティア活動を積極的に展開したのは、彼らだったことを思い出します。
今回の震災が起こるだいぶ以前、東大の先生が岩手県釜石市をフィールドワークの場所として「希望学」という本を書かれていたのを思い出しました。数年に渡る釜石市の社会環境の変化や人口動態の変化を丹念に調査し、またアンケートや聞き取り調査で住民意識の変化・傾向を明らかにし、そのデータから希望とは何かを展開したものです。自分の能力を活かして働ける環境があり、人と繋がっている実感があり、そして期待できる展望があるとき、人は希望を見出します。被災した地域の復興再生は、人々の希望に支えられたものでなくてはなりません。なぜなら、それが日本の未来に繋がっているようにも思えるからです。