さて、今回このリサイクル通信に挿入した光の写真、なんだかお分かりになりますか? 夜空に漂う未確認飛行物体ではありません。夕闇の川面に舞う蛍の光です。二つの光はたぶん雄と雌の蛍だと思われます。一匹が川面を飛んでいると、もう一匹が胡桃の小
枝の陰から飛び立ち、川面の蛍に急接近-。戯れるような飛び方を繰り返した後、二匹とも川岸の木陰に吸い込まれていきました。真夏の夜の何とも妖艶な光の舞いでした。
生物多様性について
前述の蛍に関連して、もう少し書こうと思いま す。実はこの蛍の飛んでいる川岸は、山から小さ な堀が流れ込んでいる小さな溜り池があるところ です。
昔は、と言っても、昭和40年代の頃まで のことですが、この季節になると、無数の蛍が川 沿いに飛びかっていました。子供たちは、箒と虫 籠をもって、蛍が眠りにつく夜の9 時過ぎまで、 この小さな光を追い求めました。山からの清水が 流れ込んでいるところは源氏蛍が舞い、川から離 れた田んぼの上では平家蛍が無数に舞っていまし た。やがて田んぼは国道となり、また人々の暮ら しが豊かになるにつれて、川の汚れが進みました。
清流にしか棲息しないハゼの一種である「カジカ」 は姿を消しました。やがて蛍の餌となるカワニラ の姿もみかけなくなり、それにつれて蛍の数も減 少していきました。今では、川岸に清水が注ぎ込 む、先ほどの溜り池のところに、僅かに生息する までになってしまいました。やがて、この蛍も姿 を消すことになるかもしれません。 ここまで書いてきて、生物多様性について考え てみたくなりました。
ところで、日本で話題性の ある絶滅品種といえば、佐渡の朱鷺です。最近、 飼育していた数羽の朱鷺がテンに殺されてしまっ たとの悲しいニュースに心を痛めた方も多いかも しれません。しかしこの種の話題を考える場合、 実は、もっと私たちの身近なところに目を向けて はどうでしょうか。たしかに、朱鷺の話は、絶滅 品種という象徴性故に、人々の関心が高いのも事 実です。しかし、実は、私たちの周りに個体数が 確実に減少している生き物がたくさんいることに 気づくはずです。
例えば、この間、テレビで最近 スズメが少なくなっていると報じていました。 「え!スズメが・・!」と思いましたが、改めて 家の周囲を見てみると、確かに、以前には必ず巣 を拵えていた場所にもその痕跡はなく、また軒先 にやって来るスズメの数も少なくなっていること に気づかされました。スズメといえば、人の住む 場所には必ずいて、人間が一番慣れ親しんできた 野鳥です。このように、話題を身近なところに見 つけると、生物多様性の問題意識を深める足がか りになります。私達を取り巻く自然環境を改めて 眺めてみてください。以前はたくさんいたのに、 いつの間にか姿を見かけなくなってしまった、あ るいは、たまにしか見かけなくなった生き物に気 がつくのではないでしょうか。「(爬虫類など)嫌 いな生き物なので、最近はいなくなってよかった わ。」などと言ってはいられません。
では、なぜ、今、生物多様性が叫ばれるように なったのでしょうか。それは、人類の誕生プロセ スを考えれば納得できます。地球の誕生から長い 年月をかけて原始生物が現れ,やがて高等生物へ と進化し、種と個体数を拡大し、その最終段階で 人間という種が出現しました。今、現在進行し始 めた種や個体数の減少プロセスは、人類が生まれ たプロセスを正のプロセスとすれば、負のプロセ スの始まりを暗示させるからです。悠久の時間を 費やして生まれた種が、あっと言う間に姿を消し てしまうという事実・・、何か空恐ろしさを感じ ませんか?このように考えると、地球環境のなか で育まれた生物の多様性は、人間も含めた生き物 のマクロ的最適界?とも言えます。
そしてこれを 維持していくことが、実は、人類の生存・維持を 保障することに繋がると、人々が気づき始めたと ころに、生物多様性の考えが生まれたのです。 人類の豊かさへの希求が、その一方で、地球環 境の破壊を通じて、種を消滅させ、個体数を減少 せしめ、生物多様性という生き物全体の最適秩序 を壊して始めています。やがて災いは人間に降り かかる・・。何やら予言めいていますが、シグナ ルは身近なところにあります。五感を研ぎ澄ませ、 皮膚感覚で理解することが大切です。