11月に入りました。日は短くなり、夜な夜な聞こえていた虫の音もすっかり影を潜め、季節は秋から冬へ。当社のあるここ武蔵の国の所沢三ヶ島の地も昨年より1 ヶ月も早く霜が降りました。
この一年・そしてこれから・・
経済編
ところで、昨年の今ごろは、金融危機が世界を覆い、 実物経済への影響が日増しに強くなり初めていた頃 です。その後12 月、今年1 月・2 月と転げ落ちるよ うに日本経済は奈落の底に落ちていきました。殆どの 企業にとっては、極度の不安を抱えながら、ひたすら 走り続けたこの一年ではなかったでしょうか。
そして今-、各国の協調的なマクロ経済政策等によ り、先々の不安はあるものの、ある種の展望の基、生 産活動は徐々に増えてきました。現場での皮膚感覚か らも、過去の極端な悲壮感はなくなりつつあります。 ただその一方で、来年以降の官製需要から民需へのバ トンタッチへの懸念等もあり、今後の企業活動を考え るとまだまだ不安は残ります。
しかし中長期的な観点でみれば、振興諸国の雁行的 な経済発展の急速な広がりにより、世界全体の経済規 模は拡大していくことが充分予測されます。従って、 日本国内で言われている内需指向型政策もよいので すが、今後の日本経済の国力の行く末を考えるとき、 世界各地に勃興する成長センターをどのように取り 込んでいくかをより積極的に考え、行動していく方が 優先度は高い気がします。
グローバルな流れに積極的 に乗り、チャンス(機会)を広げていくことが、結果 として、国力である国民所得を減少させない唯一の道 のような気がします。そしてその場合、なによりも大 切なことは、国家の役割と企業の役割(活動)をスム ーズにかみ合わせるために、グローバル化に対する認 識を、水準においても同じにしておくことでしょう。 話は飛躍しますが、隔離された文明あるいは生態系 では、その閉じられた世界での勃興・成長・成熟・衰 退・消滅という循環をたどりますが、開かれた文明あ るいは生態系では、形を変えながらも、他の文明的要 素・遺伝子的要素を吸収しつつ、新たな存在領域を確 立していくパターンが見られます。国家の存続、企業 の存続も、あるいは似たようなものかも知れません。
社会編
昨年、経済が日増しに悪化の度合いを増し始めてい た時期、戦後続いた自民党政権があっけなく、未知数 である民主党政権に取って替わられました。報道機関 や評論家は、自民党に愛想をつかした日本国民が大き な変化を望んで判断したものだと論評しました。
しか し、民主党への圧倒的な支持率にみるこの豹変的とも いえるこの現象に危うさ感じる人もいるはずです(民 主党がどうのこうのという政治的な話ではありません。誤解の ないように。)。過去の歴史の転換でみる雪崩を打って、 ある一方向に流れていく民族的資質。今後の日本の行 く末に一抹の不安を感じます。
グループ・ダイナミッ クスの理論にグループシンクという行動パターンが あったことを思い出します。グループメンバーがグル ープ自体に過度に依存しすぎて、あるいは関係性への 配慮から、結果として全員が考えることを放棄して、 安易な意見または行動へと流れていってしまうもの です。今回の政権交代を社会現象的に捉えると、マニ フェスト云々とは別の因子が触媒として働いている ようにも感じられます。何かのきっかけで大きなバイ アスが働くと、正常な判断をも押し流してしまう危う さを我々は持っています。
歴史の教訓を風化させない よう心すべきでしょう。 少子高齢社会により国力が落ちようとしています。 技術革新や人的能力拡大による生産性向上で、一人当 たり所得水準をどうにか維持しようというのが一般 的な考え方のようですが、ここ数年間の日本の成長率 は先進諸国といわれるOECD諸国の平均よりも低 いのが現状です。過去のように富を増やせなくなって いるにも関らず、福祉や便利さ等を今までと同じよう に要求し、それに応えるべく政府は予算化し、赤字を 膨らませる構図。
個人レベルに例えると、収入が減っ ているにも関らず、今までと同じような消費生活を享 受したいがために返済の目処がないローンの借入を しているみたいなものです。国民を含めた国家レベル の節度が問われています。数十年後、今の子供達から 世代間訴訟を起こされているかも知れません。せめて 今の子供達が将来に展望を持てるような、しっかりと した道筋を建てることが私達世代の責務でしょう。