今年も既に3月、春の訪れの遅い山里にも梅が咲き乱れ、次の出番の準備している桜の芽も赤味をおび、だいぶ膨らんでいます。(この通信が脱稿される頃は桜も満開かも知れません)今年は、とうとう雪を見ずに春を迎えそうです。山間を流れる川にも今年は、氷が張らなかったとの便りを聞きました。地球温暖化の影響は、我々が思っている以上に進んでいるのでしょうか?
あらためて、自然の変化に目を向けてみると、我々を取り巻く日常的自然環境にも、あれ?と思うことがあります。例えば、最近の夏、近所の林から聞こえてくるアブラゼミの鳴き声に混じって一種異質な、聞きなれない蝉の声。そう、西南日本から南方にかけて生息しているクマゼミの声です。関西の都市近郊ではよく効かれる鳴き声だとのことですが、弊社のある関東内陸部では、聞きなれない蝉の声です。最近では、東北地方でも聞かれるとのことです。南方系生物の生息地域の北上は、その他の昆虫にも見られるそうです。
さて、環境の変化を最初に捉えるのは、植物とか、昆虫、あるいは動物でしょうが、自然との係りで日々仕事をしている人達(人間)もまた、環境の変化を敏感に捉えているようです。今回はそんなお話しです。
最近の太陽はまぶしい・・・?(北極圏のエスキモー)
以前、なにかのドキュメンタリー番組を見ていたときのこと、北極圏で生活しているエスキモーの猟師が、「最近の太陽は以前の太陽よりも眩しくなったような気がする」といっていたのが、記憶に残っています。
本来南極に現れるオゾンホールが、北半球でも確認されるようになったことと関係があるような暗示的な言葉でした。彼らは、常時、日陰のない氷上、あるいは海岸で狩りをしており、太陽の光をいつも浴びているわけですから、何がしかの光の変化を敏感に感じ取っているのでしょう。
ところで、オゾンホールとは、地球を覆っているオゾン層の南極や北極上空での濃度の減少を指します。南極のオゾンホールが年々拡大していることが確認されており、近年では、オーストラリアやニュージーランド南部にまで達することがあるそうです。
この原因がオゾン破壊の触媒として作用する大気中のフロン。その増加というわけです。 このオゾン層、ものの本によると一気圧換算でほんの3ミリの厚さしかなく、それも4億年という気の遠くなる年月をかけてつくり出されたものらしいのです。
太陽からの殺傷性のある有害紫外線(紫外線B)を遮断し、地球上に生命が住める環境をこのオゾン層がつくってきたのです。 このオゾン層が破壊され希薄化すると、地表には生物は住めなくなるわけで、先述のエスキモーの猟師は、生命生存の危機を太陽の光の変化に感じたのでしょう。
木(植林)の成長が早い・・・?(山仕事師のはなし)
江戸時代、紀伊国屋文左衛門がこの地の木材を買い付けたと伝説に伝わる奥武蔵の「西川材」の産地。この地で山仕事をする老人から奇妙な話を聞きました。
最近、山の草刈をする回数が2.3回減っていると言うのです。通常、植林した木がある程度成長し、草や潅木に負けない背丈になるまで、植林した木を守るため、周りの草や雑木を毎年刈り取る仕事(手入れ)があるのだそうです。
ところが最近は、なにやら、木の成長が早く、木の下草を刈り取る回数が相対的に少なくなっていると言うのです。「最近は冬でも、昔ほど寒くはならないし、二酸化炭素の大気中の増加?が木の炭酸同化作用を活発化させ、木の成長を促進させているのではないか」とは、その老人の話です。
また、このような現象が、最近のスギ花粉の異常発生の遠因にもなっているのかも知れません。 今回のお話しは、前者がフロンガスの問題、後者が二酸化炭素増加の問題です。共に人類生存に係る地球環境問題として世界的レベルで取り組んでいる課題です。ただ、国家により、地域により、企業により、個人により、温度差があるのが現状です。
それぞれの活動主体の戦略的優先度の位置付けがまちまちだからです。 ところで、物事の現象が現れるまでには、多くの複雑な因果のプロセスを経ていると考えるのが自然です。従って「現象が現れた時点で、事態は既に危険水域に入っている」と考え、その認識を人類全体で共有することが必要なのでしょう。
自戒をこめて・・・ 「ゆで蛙、まだ大丈夫と、死ににけり」
合 掌