リサイクル通信
異常猛暑と騒がれた今年の夏も、あっという間に過 去の記憶になってしまう時間の流れの速さには、いに しえの歌人でなくても、驚かされます。 標記写真は所沢市内の航空記念公園の街路ですが、 3 ヶ月前までは、夏の強い陽射しを青々とした緑の 木々が遮断し、涼しい散歩道を提供してくれました。 しかしこの写真を撮った今月初めには、すでに木枯ら し舞う冷たい寒々しい風景に変わっていました。 このメリハリのある四季の変化が、日本人の鋭い感 性を生み、豊かな叙情性を育み、優れたデザイン性の ある工業製品を生み、ひいては世界に冠たるアニメー ションを創造する文化的風土を創り上げたとも言え ます。 そしてまた他方、近代以前においては、四季の恵み を通して、人々に自然に対する畏敬の念や、感謝の念 を育み、自然(環境)との共生という文化的(生存的 且つ精神的)営みの土壌をも築きました。それは、西 洋の近代思想でも、中国の儒教的思想でも、また仏教 の宗教的思想でもなく、言い換えれば、自然を熟知し、 自然との折り合いのなかで育まれた土俗的な環境倫 理感に基いた営みであり、日本人の高い精神性の証で もありました。 ところで、環境との係わりで、高い精神性を持って いるはずの日本人に由々しき行動が・・・・・。
エピソード 由々しき行動
それは、日曜日の夕方、国道299 号線を飯能方面か ら、所沢方面に走っていた時のことです。私の前を 走っていた家族連れ?の車の窓から突然、空のペット ボトルが投げ捨てられたのです。ペットボトルは運手 席から投げ捨てられたように見えました。道路に転が るペットボトルに、一瞬、ひやっ!としましたが、幸 い私の車にぶつかってはきませんでした。それより も、ショックだったのは、まだこのような人がいると いう驚きでした。乗っている家族?は、運転して、こ のようなことを平然と行ったお父さん?をどのよう に思っているのでしょうか。もし、お父さんを含め、 その場に乗り合わせている家族?全員がまったく心 の痛みを感じないとしたら・・と思った瞬間、ぞっと しました。車の中の楽しそうな雰囲気とその人達の倫 理性(社会性)の欠如。このコントラストに、不気味さを感じました。
エピソード 由々しき行動 その2
私の実家は、埼玉県を流れる荒川の支流である高麗 川上流の渓流沿いにありますが、春・夏・秋と近郊か ら車で、家族連れや若い人達が川遊びに来ます。
何も ない辺鄙なところですが、川原でバーベキューを楽し んだり、魚とりをしたり、虫取りをしたり、テントを 持込んで夏の夜を過ごしたりと皆さん結構楽しんで 帰られます。私もたまに帰るのですが、感心するのは、 遊びにこられた人達が、必ずゴミは持ち帰り、焚き火 の燃え殻もきれいに掃除していかれることです。
あた り前といえばあたり前なのですが、共有財産的な憩い の場(自然)として、大切にしたいとの気持ちの現れ かもしれません。 ところが、今年、梅雨明けまじかのある日のこと。
たまたま、実家に帰ったときのことです。川原から盛 んにカラスの鳴き声が聞こえるので遠くより川原を 眺めてみると、そこには、ビニール袋や紙、残飯や空 き缶などが散在しており、焚き火の後始末もされずに 放置のまま。母親に聞いてみると昨日高校生らしき男 女の集団が夜通し焚き火をして騒いでいたとのこと。
すがすがしく、きれいな川原はだいなしで、近所の人 達も不満やるかたなしといった気持ちでした。 「君たちは、清流と川原の自然に誘われ、ここで楽し いひと時を過ごそうとやってきたはず。その川原を平気で汚し、帰っていく、きみたちの頭の中は一体どう なってるの!君たちは・・・一体・・・何者!」 ここでも、もし誰一人として、帰りがけに心の痛み を感じなかったとしたら、やはり救いようのない倫理性の欠如です。そしてたぶんこの若者達の両親・家族 も同じ病気に犯されているのでしょう。・・ 翌々日 の洪水で、若者達の残した川原の痕跡は消えました。
自然環境 もう一つの重要性
人々は、長い年月の中で自然との関り合いのなか で、生きていくすべを学んできたはずです。それは単 なる生命的生存のすべだけではなく、精神的生存のす べも学んできたはずです。自然が我々に教えてくれる ものは、意識する・しないに拘らず、豊かでかつ膨大 な知恵です。自然環境を保護する重要性の一つがここ にあります。自然に働きかけ、皮膚感覚で交流するこ とは、生命生存以上の精神的営みであることに多くの 人が気がつかねばなりません。