私たちの生活している空間では、鉄を使用したものが数多く見受けられます。事務所では、机や椅子、ロッカーや書庫。家庭でも台所の流し台やガスレンジ台、窓枠(アルミ)ドアノブ、電子レンジにテレビの中身。
自動車などはそれこそ鉄の塊です。このように我々の生活と切り離せない重要な物になっています。そして使用済みとなれば捨てられるのですが、実はきちんとリサイクルされているのです。
もちろんそのままで再販される物もありますが、ここでは鉄スクラップとして考えてみます。そのままの形状ではリサイクルに向かないので
①選別②加工③溶解④製造の過程を経て商品として生まれ変わります。この過程の中で当社は①と②を受け持っています。 ではどのような商品が出来るかと言うと、大部分は鉄筋棒になります。
これはマンション建築、住宅基礎やダム建設などの多方面に使われております。ただ、ほとんどがコンクリートのなかに入ってしまうので見る機会は少ないでしょう。
③の溶解は電気を使用して鉄を溶かす電気炉で行われます。このように鉄スクラップは姿形を変えてリサイクルされています。では、いつか日本の産業に登場したのでしょうか。
鉄スクラップの歴史
鉄スクラップの歴史を調べて見ますと、確認できる資料では、1695年(元禄8年)江戸時代に古鉄屋(ふるかねや)があったとあります。
この古鉄屋というのは、現代社会で言うところのスクラップ問屋にあたります。では古鉄はどのようにして発生したのか。 鉄の歴史を見ていくとわかるかもしれません。
日本の鉄の歴史は縄文時代に大陸から鉄器がもたらされたところから始まるようです。弥生時代後期になると、小規模ながら製鉄が始まりました。初期の頃は鉄鉱石を使用し、徐々に砂鉄の使用頻度がたかまり、やがて、砂鉄を主に使用するたたら製鉄の手法がうみだされました。
明治になると、高炉が海外から輸入され、たたら製鉄に取って代わりました。これは1回ごとに炉を壊し、鉄を取り出すのに比べると、高炉は壊さずに、しかも大量に生産できるという、効率の問題からでした。たたら製鉄は錬鉄(玉鋼)や、炭素分が多い銑鉄(ズク)を製鉄していました。
この玉鋼は鉄としては非常に素晴らしい特性をもち、粘りと強さ、硬さという相反する性質を持ち、さらに耐食性も高いというものであり、その結果が打ち直し、再加工に適しているものとなりました。しかし、その製鉄方法は非常に難しいものだったそうです。
NHKのプロジェクトXでいかに困難な作業であるかということと、出来上がった玉鋼の素晴らしさを紹介していました。 江戸時代に入り、戦が終わりを告げると、安定した生活が送れるようになり、農業や商業など、経済活動が活発に動き始めました。刀や鎧にかわり農機具や生活のための鉄器などが必要となり、その製造に鉄は必要不可欠な素材でした。
鉄製品の原材料供給者であるたたら鉄だけでは足りなかった為に古鉄を積極的にリサイクル利用したと考えられます。鉄の生産は江戸時代の中ごろには、年間1万トンに達しており、その75%は西日本(中国山地を中心とする)で生産され、7割が農機具に使用されていたと、日本経済新聞の文化欄にも紹介されたことがあります。
ここまでわかっている鉄ですが、中世以前の鉄についてはどのように作られたかは、不明な点が多いとのことです。日本刀は、この時代を境に 新刀と古刀に別けられています。 どこがどのように違うのかはまた 改めて調べてみたいと思います。 製鉄と製作が室町時代以降、分離・専業化することで加工専門の鍛冶屋という職種が成立しました。
鍛冶屋がいれば廃鉄器の再利用が可能になり、鍛冶屋の仕事 の大部分はこれにかかわるものになっていったそうです。このようなことから廃鉄器の流通システムが確立したと考えられます。また、多くの廃鉄器を集めなければならず、鍛冶屋としての加工をする者と、材料を調達する者とが分離し、ここに古鉄屋が誕生したと考えられます。江戸時代というのは非常にリサイクルが発達し代でもありました。
たたら
この言葉は映画「もののけ姫」で一躍有名になりました。蹈鞴(たたら)とは踏みふいごを意味する言葉だそうです。